1993年青山学院大学 経済学部経済学科卒業。
卒業後、大手企業の就職も考えたが、独立開業ができる税理士を目指し、税理士資格取得の勉強をしながら、会計事務所等で勤務し約5年間の実務経験を積む。

2001年06月 税理士登録、30歳を期に独立開業。篠原税理士事務所所長に就任(現任)
2006年09月 株式会社エーエルジェイの監査役に就任。(現任)
2011年05月 社会福祉法人砂町 友愛園 監事(現任)

趣味は、海外旅行。年初のモルディブ、夏のハワイ・バリ島等の南国リゾートへの旅行は恒例行事。

― エーエルジェイとの出会いを教えてください

エーエルジェイ設立時の事務所管理を友人がしており、その友人の紹介によりエーエルジェイとの縁が繋がったという経緯があります。
当時釘嶋社長はまだ20代で、一見「若い社長」というイメージでしたが、話してみるとしっかりしていて、大事なことを伝えるとすぐに実践してくれました。
この会社は大きくなると直感したのを覚えています。

そして2007年9月のエーエルジェイ株式化とともに監査役の設置が必要になり、即決で引き受けました。
これまでの釘嶋社長の人間性などを見て、「信頼できる」と思えたからです。

― 監査役の役割とはなんでしょうか?

監査役の役割は会計監査と業務監査です。
つまるところ、地味でお堅い仕事。

堅い仕事であるがゆえ、役員とはお互いに遠慮なく言いたいことが言える関係を築いています。
設立当初からそれはずっと変わらず。時には口論になったりもするけれど、信頼関係があるからそれができる。

― 設立から現在までを振り返って、感じる事はありますか?

エーエルジェイは最初から成長するとは思っていたけれど、思った以上に順調に成長してきたと思います。10年で100人の会社なんて世の中で本当に一握り。
小さな事務所から始まって、事業拡大の為新しく部屋を借りて、というのが急スピードで増えてきていつのまにか大きな事務所に移って、今のビル最上階まで本当にあっという間だった。その後も増床したりでいつのまにかオシャレなIT企業になったなと驚嘆しています。その理由は、社長が堅実な経営をしているからだと思います。
財務的なアドバイスを即座に実行する能力は勿論、先見の明を持っているからでしょう。

ミャンマーのような今後発展が見込まれる地に拠点を置き、米国やシンガポールなどの最先端の国へ挑戦する、というグローバルな視点とフロンティア精神を持ち、 少子高齢化が進む日本、AIが進む世界でどうやってビジネスを展開していこうかを考えているところや、
成しえた成功を地域や世界へ還元していくため、被災地への寄付や、実際に現地でボランティア活動をするといった、企業が倫理的観点から事業活動を通じて自主的に社会に貢献する責任である「CSR」を率先して実行しているところ、
また、創業時から変わらずブレず言い続けている、会社を船に例え、社員を船員と捉えて家族のように仲間意識を持って大切にしているところ。

これらを自ら実践している事がエーエルジェイの軸となり、そしてその想いが社員に浸透し、さらに輪が広がり、会社の拡大に繋がっているのだと思います。

― これまでの印象的な出来事を教えてください

2008年のリーマンショックですね。
取れるはずの仕事が取れない。大企業、中小企業、その多くが倒産した時代。普段釘嶋社長に会うのは月に一回だけど、いつもよりは少し焦っているのは見えました。けれど印象として、私から見たらそんな苦しまずクリアしちゃったなと感じます。
しかしリーマンショックで会社の成長は数年遅れたかもしれないですね。

― エーエルジェイのこれからについて、思うことはありますか?

上場が会社のゴールではないですが、ひとつの経過目標として目指してほしいですね。
それが叶えば、税理士冥利につきる。ガッツポーズしちゃうね。そしてその時、私は改めてエーエルジェイの皆さんの頑張りに敬意を表したい。

エーエルジェイの皆さんと共に喜びを分かち合いたい。社長が本気で目指したらそれは現実になると思っています。

― 最後にエーエルジェイへメッセージをお願いします

エーエルジェイはこの先、世間が憧れる日本を代表する企業に成長していくでしょう。

わたしは社長を信じ、信頼しています。
社員の皆さんも社長を信じて職務に邁進して下さい。